本日の目的地は関東の城下町・日立に行き、
最強パワースポット・御岩神社、最強の鉱山スポット・日鉱記念館に行く。
この2つがメインとなる。
その【パート2】日鉱記念館に行く!!
PT 日立・最強のパワースポットに行こう!【御岩神社編】は下記のリンクから。
↓
御岩神社⇒日鉱記念館へ。
では、次の目的地・日鉱記念館に向かう。
バスで行くことはできないので歩くことになる。
日鉱記念館にはバス停はあり、バスを使うことはできるのだが、本数が少ないため、
バスは日鉱記念館から日立駅間で使うべきなのだ。
本山トンネルに到達する、
御岩神社から日鉱記念館は徒歩35分を想定。
トンネルは長い、本当に長い・・・・車の走行音が響き、こだまする。
なんだか落ち着かない、心から早く抜けたいと考えていた。
トンネルを出ると、右には日鉱記念館が見える。
短いようで長かった歩きであった・・・、
しかも回りこんで建物に入る、地味に歩かされることになる。
御岩神社から日鉱記念館まで徒歩・約34分かかった。
開館時間は9時~16時、休館日は月曜日・祝祭日・年末年始だ。
人の気配がしない・・・。
人がいない×寒い=ものすごく寂しい。
では行こう!!
敷地内は広大である、車ならこの坂を上がり、右に曲がれば駐車場だ、
車であれば一瞬だが、歩きだと遠く感じる。
坑道の名残だろう、別の場所にもあった、
記念館の建つこの場所はかつての日立鉱山だからだ。
日鉱記念館案内図。
巨大な建造物が正面に見えていた、
石畳の道の幅、背後の山などから建物が小さく見えるが超巨大だ。
『日鉱記念館』力強い文字だ。
喫煙所に社員の方がおり、挨拶された。
『俺はここに来ていいんだ!!!』と歓喜した。(笑)
というのは冗談だが、全体的に従業員教育ができているように思えた。
これが社風なのかな・・・と見終わった後に思った。
では入っていこう。
人気がしないから少しためらう・・・。
タブレットで入館手続きをする、名前と住所(町名まで)を入力した。
エントランスに設置されていた。
『ある町の高い煙突』作者は新田次郎だ。
2019年春・全国ロードショー、舞台はもちろん日立だ。
こちらがそのポスターだ。
ではドキドキしながら館内へ入っていく、何が待っているのか!!
『日立鉱山の鉱石』
1981年9月30日をもって閉山した、この鉱石は最終発破により切り出された鉱石だ。
終始そのスケールに驚かされる、
広大ささ・情報量の多さ・きれいさ、素晴らしく管理されている。
グループの威信をかけて管理されているといった印象を受ける。
JX金属グループ創業者であり政治家でもある。
日立製作所・日産自動車・日本水産という誰もが知っている大企業の母体であり、
それらは、日立鉱山からはじまったと言ってもよいだろう。
日立鉱山の歴史から始めることになる、全てを読んでいくと時間が無くなるので、
割愛しながら進めざるを得ない。
広い!! 人がいない!!
ゆっくり見ることができる、よくみると1組だけいた。
日立鉱山の鉱床と坑道の透視図。
力の入れ様がすごい、妥協無く作っている。
アリの巣の断面図以上、やはり人はアリ以上だ。
アリは地下のスペシャリスト、そのすらも凌駕する人間の知恵と実行力。
まさに人の血管のごとき坑道。
日本の鉱山の紹介だ。
『小串鉱山が無いぞ・・・。』
そして日立鉱山の閉山へ。
資源はいつかは枯渇する、世界の資源もいつかは枯渇する、
その時、世界はどうなっているのか。
『掘り出すから作り出す』へのシフト。
JXTGグループへの変遷。
地階の模擬坑道へ。
五枚合掌。
盤圧に耐える為の支保枠だ、これが地下に張り巡らされる、
その地道な労力はすごいの一言だ。
鉱山実感コーナー!!!
さぁ、手に取ってみよう、初めて鉱石を触る。
昔は当然、手掘りである、
果てしない作業、1つ1つの精神だ。
採掘機を使い、効率を向上させていく時代へ。
大型機械の導入。
坑道にレールを引き、大量生産へ。
とてもわかりやすく、鉱山での仕事を理解できた、では展示室へ戻ろう。
再び展示室へ。
こちらは日立鉱山の鉱石たち。
かつての日立鉱山のパノラマ写真。
こちらは日立のジオラマだ、左に見えるのは日立の大煙突だ。
昭和28年の日立の様子である。
日立鉱山は本山から始まった、採鉱所から鉱山電車が助川駅(現・日立駅)が走っている、日立は山の上から海岸に向けて発展していった。
かつてそこにあった鉱山都市。
小串鉱山に行った際にも感じたが、かつての繁栄、そして衰退・・・。
栄枯盛衰は世の理でもあり、だからこそそこに惹かれるものもある。
鉱山電車は1日に6,500人を運んだという、しかも運賃は無料、
そしてこの記念館も無料である。
ここは外から見えたガラス面の場所だ。
雲が多くなり、青空がなくなってしまった。
やっぱり新緑の時期がいいなと改めて感じる。
大型パネルがいいね。
そして大煙突の歴史がパネル展示されている。
日立の大煙突は当時では世界一の高さを誇っていた。
最後に歴史年表。
少し駆け足で周ったのだが、十分に楽しむことはできた。
では外の展示物も見ていこう。
よく見ると、入口隣りには、鉱石が山積みされている。
鉱山資料館は後程、塵外堂、旧久原本部、山神社方向に進む。
旧久原本部。
塵外堂。
正面には第一堅坑がそびえたつ。
大型さく孔機、なにもかも巨大だ。
鉱石巻揚機室に寄ってみる。
巨大すぎて写真に納まらない。
詳しくはわからないが、スケールの違いにただ驚くだけだ、
鉱山採掘とは、こういう世界なのだな・・と思うだけである。
最後に鉱山資料館へ。
全く説明できないほど、初めてみる機械や器具・・・・・・。
写真だけ貼るのでその雰囲気と鉱山という仕事のスケールの大きさを感じてほしい。
建物が素晴らしい、良い木組みだな・・・と別の場所に感嘆してしまう。
鉱石標本室という場所がある、入ってみよう。
ものすごくマニアックな世界にように感じる、
鉱石の量、情報量が多く、頭がついていかない・・・。
さく岩機の展示コーナーだ。
圧巻!!!
削岩機コレクション。
マンガで見る武器庫のような削岩機コレクション、
世界でこれより削減機を集めている施設があるだろうか・・・。
『クリスマスツリー』と呼ばれている生産量を調整する装置だ。
クリスマスツリーに似ているからというが、似ているか?!
時刻は12時42分、ここに来たのは11時50分頃なので、50分ほどで全てを周った、
大枠は理解できたといったところか・・・・。
もっと時間をかけてもよいと思うし、車で来たなら時間を気にしないで2~3時間で
ゆっくり周ることをおすすめするよ。
下の駐車場前にはかつての坑道入口があった。
バス停が見える、手前が東河内方面、
道路向こうが日立駅行だ。
見ての通り、土・日・祝日はさらに本数が減り、1日5本だ。
7:56/9:56/12:56/15:26/17:26。
私が乗るのは12時56分発の日立駅行だ。
少し早いがバス停で待つ、乗り遅れることはできんからね。
少し遅れてバスが到着!!
ホントに寒い、バスが見えた瞬間に大歓喜だ!!
バスから大煙突を撮影する。
平成5年に1/3が倒壊、155.75mが54mほどになってしまった。
手前の太い煙突は、だるま煙突であり、失敗作であることから阿呆煙突とも呼ばれてしまっている。
13時25分、日立駅到着。
向こうにはタービン? モーターだろうか、日立の町らしいモニュメントがある。
『日立(グループ)』といえば、日立市の代表的な企業と想像する人が多いと思うが、
日立グループの中核企業・日立製作所は、久原鉱業所日立鉱山から生まれた。
日立鉱山の修理製造分門が独立したのが『日立製作所』となり日立グループの発展へと
続いていく。
JR日立駅、リニューアルしてから近代的な駅舎に生まれ変わる。
関東であるのは東京駅・・・ほかにある??
左に見えるのは、ぷらっとひたち、物産館と思われる。
日立駅の特徴は・・・これだ!!
一面ガラス張りの絶景天空カフェだ。
駅コンコースの奥も全面ガラス張りとなっている。
オーシャンビュー!!
海が見える駅はいいね!!
こちらが、SEA BiRDS CAFE(シーバーズカフェ)だ。
この時も店内は満席、待ちが発生していた。
『どうですか?』
今度、始発で来てモーニングでもたべますか・・。
少し時間があるので、お土産を買いに行く。
※駅から徒歩8分ほど。
駅からも見えるのだが、この陸橋からも大煙突が見える、日立市の象徴だ。
向かっている先は、菓子司 青柳である。
※購入品は後程の披露だ。
では特急で帰ろう。
ホームはどこにでもあるような古いものであるが、
上のガラス張りとのギャップがすごい。
14時05分発 品川行の常磐特急に乗車。
こちらが日立土産だ。
このレトロな味のある包装紙・・・いいね!!
中身はモーター最中だ。
この響き!!
『モーターと最中』ミスマッチに思えるが、日立らしいネーミング。
15時51分に品川に到着した。
これから東海道線で横浜に向かう、
隣りのホームには先程乗ってきた常磐特急が停車していた。
今回は公共交通機関で日立、御岩神社と日鉱記念館に行った、
時間を気にしながらの旅は、どうなのだろうか・・・。
せわしない旅になる可能性もあるが、時間を意識した良い緊張感をもった旅にもなる、
それを計画通りに達成した時は、とても気分が良いものだ。
日立・最強の鉱山の聖地に行こう!【日鉱記念館編】 完