旅の始まりは、
『東海道線の車窓から見えた海の見える良さげな道(笑)』を見つけたことだ。
ここを歩きたいと考え、それを実行するまでさほど時間はかからなかった。
↑ ここがそれ!
ならばと周辺の気になるスポットを周りながら、
『東海道線の車窓から見えた海の見える良さげ道(笑)』を楽しむことにした。
ロマンスカーを使い、海老名から箱根湯本に移動、そこから箱根板橋駅へ。
この旅は実質的には、箱根板橋駅が出発点となる。
《その1》では、
魚籃大観音⇒早川観音⇒紀伊神社⇒135号線・・と来た、その続きとなる。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓
これまでの簡単なルートだ。
この記事は、135号線への合流から始まる。
135号線に合流する、行き交う車は多いが、歩道は分離されているので、身に危険は感じない、気になるのは排気ガスだけか。
紀伊宮下バス停の時刻表を見ると、土曜日に一本だけ運行していた!!
『8時56分!!!!』
なんて限定的なんだ!
実際歩くと、石橋山古戦場に行くこと自体は大変ではない、
早川駅から歩きで問題ないだろう。
ちょくちょく看板が出てくる。
石橋山古戦場:2.1km
佐奈田霊社
米神漁港:2.9km
安心できるし、とても有難い存在だ。
右の崖上には、東海道線が走る。
すぐに、西湘バイパス・石橋料金所が見えてくる。
135号線合流⇒石橋料金所。
石橋料金所の向こうには、相模湾が真っ青で清々しい、
風もあまり無く、絶好の散策日和となった。
歩道にはガードレールがあり、幅は狭いが軽快に歩くことができる。
ここでは、二組とすれ違った、ともにウォーキング目的だろうか。
ここで分岐が出てくる。
仕事には、進捗確認が重要だが、史跡ウォーキングにも進捗を把握する為、距離の書かれた看板が大事だ!
一旦135号線と別れることになる、こちらは嬉しい限りだ。
海を見ると、穏やかな相模湾、この日に来て正解だったと思う。
先ほどの道に入る。
すると、東海道線の高架が現れた、いい光景だ、餘部鉄橋を思い出すな~。
鈴廣かまぼこ・石橋店がある、その裏を通過。
石橋料金所⇒鈴廣かまぼこ石橋店。
その蒲鉾店の裏には、隠れるように銅像があった。
誰だろうか?
高架を貨物列車が通過していく。
次に踊り子号も通過した。
すぐに、135号線に合流することになる、そしてその135号線ともすぐにお別れとなる。
来た道を振り返る、まだそんなに歩いていない。
ここでも看板を発見。
石橋山古戦場:600mまで来た。
『ボルトなら、1分ほどか・・・。』とどうでも良いことを考えてしまう。
今度は、ガードレールもなく、真横を車が走る、皆スピードに乗り、下ってくる。
でも、すぐに安全な場所に行けるので、頑張ってほしい。
ここで、135号線とは、お別れだ。
『お疲れ様でした。』
ここを走る車は、極めて少ない、ここからは、のんびりと歩こう!
そして、油断すると車が来る・・という。
来た道を振り返る。
緑の部分が歩道であり、かなり狭く感じるが、実際に歩くとそれほどでもない。
高度を上げて行くと、景色も比例してひらけてくる。
135号線は、遥か下となった。
ここまで来れば、あまり車と出会うことは無い。
佐奈田霊社の看板が出てきた、ここを右折しよう。
ここにも看板があり、過保護なほどだ。
石橋山古戦場案内図。
突然目の前を東海道線が通過していく、ここにも佐奈田霊社の看板がある。
この光景も車内から見た記憶がある。
車窓から見える場所を歩くのは楽しい。
坂を上っていく、すごい斜度に見えるが実際には大したことはない。
上がったところには社があり、手を合わせる。
『絶景!!!』
トンネル上からの光景だ。
腕が良い人が撮れば、さらにすごい光景になるのだろう。
ここにも看板がある・・・。
見ての通り道幅は狭いので車の離合には注意だ。
次に貨物列車が通過していく。
『石橋山古戦場』の石碑が近くにある。
戦場は広いものだから、この辺り一帯ということだろう。
石橋山古戦場・石碑と相模湾。
さらに上へ上って行こう。
佐奈田霊社の駐車場が見えてきた、かなり広い。
135号線合流地点⇒佐奈田霊社へ。
佐奈田霊社に到着、時刻は11時00分。
1180年 以仁王の勅令を受けて平氏追討の挙兵をした地である。
急な挙兵の為、頼朝軍は300、平家軍は10倍の3,000であったという。
平家方の大庭影親、伊東祐親の3,000に頼朝軍は敗走する、
山中に逃げ(これがしとどの窟)、真鶴から安房国へと脱出する。
佐奈田霊社・本殿。
この時他の参拝客はいなかった。
ぜんそく、せき、のど、気管支炎等、日本唯一の祈願所という。
『佐奈田飴』というものがあるらしい。
観音堂。
境内からは相模湾が見える、
『本当にいい景色だ!!!』
正面は佐奈田霊社・本殿、左が観音堂だ、本殿の奥にはお手洗いがある。
『与一塚』
戦力が違い過ぎて、与一は討ち死にしてしまう。
源氏300騎 vs 平氏3000騎、これでは戦いにならない。
この時、与一は病み上がりであり、タンが喉につまり、助けを呼べなかったという。
佐奈田与一と文三家康の墓を訪れ落涙したと記されている。
階段を下りていく、こちらが表参道だろうか。
途中、大海原が見え、みかんの木が花を添える。
※みかんの木が花・・変な表現だな。
東海道線が通過していく。
下から来た道を見上げる、木漏れ日が心地よい。
文三堂:70m
佐奈田霊社⇒文三堂。
※佐奈田霊社から階段を下りれば、ショートカットできる。
その隣りには、
『佐奈田与一義忠討死の地(ねじり畑)』
与一はここで豪将・俣野五郎景久を組み伏せるが、血が固まり短刀を鞘から抜けず、
敵に討ちとられてしまう。
この地で作った作物はなぜか、ねじれてしまうという。
牧谷川:2130mとある、
この道には行かず、別ルートを通るが、牧谷川にはその後、通過することになる。
この道も歩いてみたいものだ。
『文三堂』
与一の郎党の文三家康はこの地で壮絶に討ち死にしたという。
石仏が綺麗に配置されている。
文三を祀る社である。
文三堂を出て、牧谷川とは反対の道に行くと、佐奈田霊社への階段が見え、
それを通り過ぎ、道なりに行くと、先ほどの線路上の反対側に出る。
再び、トンネルの上を歩き、来た道を戻る。
すると、東海道線が猛スピードで通過して行く、
なかなかの大迫力だ。
そして、ここからが核心だ。
本旅の主題である、車窓から見た景色を歩くことになる。
そう、ここが気になっていたのだ。
車窓と同じく、進行方向左には海が見える。
ススキが海にかかる、今日は海が青く気持ちがいい。
そよぐ風も、歩きほてった体にはとても心地よい・・・・・。
その刹那、貨物列車が通過して行く。
さっも見た、本日3回目だよ。
東海道線も通過して行く。
そして、踊り子号が通過するまで、ここで待つことにする。
向こうには、脚立に立ちカメラを構える人がいる、
ここは撮影スポットとして有名なのか?!
さらにもう一人増えたぞ!
そして、踊り子号が通過する、
乗る側も良いが、この場所から見る踊り子も良い。
また、ここに来たことにより、次に列車から見たこの景色が考え深くなる。
さらば、踊り子号、相模路をひた走る、
すこし歩くと、感じの良い小道を見つけた、
『おー、線路が見えるぞ!』と喜んでいると、
スーパービュー踊り子号・東京行きが通過していった。
『東海道線の車窓から見えた海の見える良さげな道』⇒小さな踏切りへ。
かっこいいが、もうどこか、古くささを感じてしまう。
『だが、それでもいい!!』
この車体のドアのような部分が、かっこいい。
また、線路がS字になっており、エロいぞ。
道なりに進むと、こんな素晴らしい道・景色に出た。
高台から下を眺めることができ、このジオラマ感といおうか、箱庭感がいいな~。
左前方には、相模湾が広がる。
とうとう来たぜ、米神漁港。
ご大層に書かれているが、何があるのか?
お米の神、これだけみるとすごそうだ。
本日何度もみる海、しかし何度みても、海が見える瞬間はうれしいものだ。
そして左には、神社が見える。
小さな踏切り⇒米神漁港・八幡神社。
八幡神社の境内だ、135号線の高架が見える。
しばらく、波打ち際を眺める、神奈川なのにそこそこ綺麗だ。
堤防では、釣り人がたくさんいた。
ここは、堤防釣りのメッカなのだ、たいそうなゆかりや歴史があるわけではないのだ、
しかし釣り人は、大物を釣ろうと、野心を燃やす、釣り人たちの聖地なのさ。
根府川方面を見る、もう少しだろう、
しかし、みかん畑や坂を上がり、進むことになるのだろう・・・。
『なんと、楽しみではないか!!』
反対側には丹沢の山の端がくっきりとわかる。
それほどまでに、晴天なのだ。
さあ、そろそろ出ようか。
来た道を戻り、最終目的地・根府川にむけて、坂を上がっていく。
正面にには海が見え、背後には東海道線が走る、ここは車窓から何度も見ていた景色の中だ、さながら絵画の世界に迷い込んだかのようだ。
『それは、いいすぎかな・・・。』
こちらが、その背後の東海道線の線路。
すぐ左には、相模湾がお目見えする。
しかし残念なことにすぐ別れとなる。
ここが分岐となる。
右に入って行く、事前に地図を見ないと、直進しそうだ。
『チェックポイントだな。』
右へ上がって行く。
そうすると、下には東海道線の線路が見える、
階段状になっているが、降りてよいものか・・・。
さらに進むと、みかん畑となり、索道が見える、まるで薩埵を歩いているようだ。
ここで看板が出現。
直進方向は、牧谷川。
右に上がれば、先ほどの佐奈田霊社・文三堂へとつながるという。
一人の男性が、登って行くのが見えた。
こちらでも、良い海が見れそうだ。
気になるなー。
そして、とうとう牧谷川に到達した。
『ウォーキングトレイルのご案内』の看板。
今後はこれを参考に歩くのもいいかもしれない、桜の時期などはどうだろう。
さらに上に道が続いている、どこにいくのか?!
ちょくちょく、海が顔を出す。
ロードバイクでも、楽しいサイクリングができそうだ。
ようやく、登りきった感がある。
みかんと相模湾。
海の水平線とみかんが同じ高さ。
大きな白い建物が見えてきた。
ここからは、ゆるやかな下り坂へと変わる。
もう、根府川駅が見えてくる。
看板にも、根府川駅の文字が。
まだまだ、歩いていたい気分だが、無事に終われて安堵もしている。
あとは、海に向かって降りていくだけだ。
行き止まりのようで、実は階段があるのだ。
看板が過保護だが、有難い!
階段から見える海、良い光景だ。
最後の階段か!?
ここを降りれば、根府川駅がもう目の前だ。
線路が見えた。
横浜62km、平塚28km・・・。
なぜ平塚なんだ。
歩道橋からの根府川駅を見る、あれはヒルトンの送迎バスかな・・・。
この道からも来れる、
距離も近いが、歩道帯がなく、とても危険であり、風情がない。
ネットで経路検索をするとこの道を案内されてしまう・・・。
そして、根府川駅に到着する。
12時33分だ。
根府川駅前にある早川・片浦ウォーキングトレイルの案内板。
根府川(片浦海岸)
≪箱根ジオパーク 小田原エリア≫
ここも旅情がある駅舎だ。
この色、海に合うぜ。
素直に上り列車には乗らず、熱海までやってきた。
少し散策の後、駅構内へ。
踊り子号が入線する、これは伊豆急下田発の踊り子だ。
そして、修善寺から来る踊り子号を待つ。
13時30分、少し遅れてやってきた。
では、本日のおさらいをしていこうか。
米神漁港があった場所だ、右の山を越えて根府川へ向かった。
ここはスーパービュー踊り子号を撮影した場所だ。
ここが今回の旅の発端だ、ここを歩きたいと思い、この旅が始まったのだ。
こちらは石橋山の戦い石碑近くのトンネルだ。
鈴廣が見える、135号線から中に入った場所だ。
石橋料金所が見える、ここも歩いた。
そして小田原駅に到着する。
横浜では降りず、さらに先へ。
東京駅に到着、今日は終点まで来てしまった・・・・。
(もう少しだけ続くんじゃ・・・。)
なぜ東京に来たかというと・・・・。
ふるさと祭り東京!!!!
≪東京ドーム≫
90%が食べ物、10%が祭り・・・といった感じかな。
あまりにも人が多すぎる!!!
平日に行った人でさえ、人が多かったと漏らしていた。
『お前はまだグンマを知らない』(笑)
あおもり10市大祭典:9月21日・22日つがるで開催。
熱気はすごかった・・・。
しかし、今日の史跡巡りは楽しかった~!!!!
早川・根府川を歩こう【石橋山の戦い】その2 完