ヘッドが映っていないが、ふじさん号が本厚木駅に入線する。
(なんて中途半端な写真だろうか・・・・)
本日も乗客はまばらだ、このふじさん号は他のロマンスカーとは異なりオンライン購入
ができない、その為窓口か券売機での販売のみとなる・・・かなり使い勝手が悪いの
だ、これも小田急とJR東海に跨っていることが要因なのだろう。
1週間ぶりだろうか、これまで一度も乗ったことがないのに2週間連続で乗るとは、私も偏った旅をしているものだと自笑する。
定刻通りに松田駅に到着。
国府津行きのホームに渡ると左方向にはふじさん号がまだ停車をしていた。
私は一旦松田駅でSuicaの清算をして券売機で下曽我までの乗車券を購入した。
(かなり時間がかかりヒヤヒヤしたが。)
松田駅前には大勢の人がいたが、彼らは我々とは目的が異なる桜族だ!
彼らは河津桜を愛でる、
私たちは梅族であり梅を愛でる集団なのだ。
何人かはふじさん号の写真を撮っている、なかなか人気じゃないか!
※この画像には写っていませんが。
そしてこれがロマンスカーMSEの裏の顔だ(笑)
『だせぇ・・・。』
ちなみに山の中腹に見えるピンク色は河津桜である。
梅族は御殿場線に乗り込む、御殿場線は車両数が少なく大混雑かと心配したが、都心
の通勤ラッシュと比べれば天と地ほどの差があった。
神奈川で梅の名所といえば、湯河原梅林、小田原フラワーガーデン、そして曽我梅林だ。( 諸説あり!)
下曽我駅だ、蔵を模したかのような佇まい、
一本の梅が良い感じだ、私なら河津サクラを植えて、ツッコミを期待するだが。
「サクラやないかーい!」
よくみると駅名の文字が『はねず色』だ。
下曽我駅から見たところだが、右手にはバス停があり、ここで旋回するために広く取られている、係員に聞くと運行時間は遅れ気味という。
駅前にある曽我乃正栄堂さんだ!!
もう一度書こう、!
『曽我乃正栄堂さんだ!!!』
ここで力餅を帰りに買った、美味しかったぞ。
『曽我の傘焼きまつり』のポスターを発見。
曽我兄弟の仇討の際、松明替わりに傘を燃やしたという故事にちなんでいるという。
5月に行われるという・・・メモメモと。
とりあえず皆さんの後をついていくことにする。
『曽我梅林』の石碑を発見。
そして小田原市梅の里センターに導かれた・・・。
中に入り曽我梅林のマップなどをもらおう!
梅の里センターを出てからも人の後をついていく。
本日は他力本願なワ・タ・シ。
御殿場線沿いを歩いていく。
『奇跡だ!! 本数が少ないのにこのタイミングで出会うとは!』
(そして奇跡は2度起こる)
その先にあるのが原会場(原梅林)だ。
曽我梅林とは、どこぞの場所ではなく、
原梅林、別所梅林、中河原梅林の3つの総称である。
梅は冬から春へ変わる節目を感じさせるくれる樹木である。
これからまだまだ寒い日もある・・・それでも春の足音を感じさせてくれるのだ。
ようやく別所会場の看板が見えてきた!!
この会場がメインと言っていい!!
『白加賀(しらかが)』の梅林だ。
梅酒!!!!!!
東日本の代表的な梅である、群馬が名産地だ。
ちなみに梅の生産量NO,1は 和歌山県、NO,2は群馬県だ。
お店が出現、ここだけ人密度が一気に跳ね上がる!
ちなみに貸ゴザがあることに注目しよう。(画面左側)
みかんが売られている、もちろん梅干しも売られているよ。
菓子もあるよ。
そして露店が並ぶ、やはりたこ焼きは定番だ。
『小麦粉と蛸でなぜうまい!!』
しだれ群、ピンクが濃い。
これで青空ならより映えるのだが・・・・。
『花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに』
おい! これは小野小町の桜を詠んだ歌だ!!
『人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける』
梅の歌はこれだね、紀貫之。
かつて日本では『花』といえば『桜』ではなく『梅』であった、
そして平安時代に入り、花といえば桜へと変わっていく・・・・。
『 久方の ひかりのどけき春の日に しづ心なく 花の散るらむ』
その頃詠まれた超有名な歌だ。(桜だけどね・・・。)
誰もが学生の頃、一度は見て、読んだことがあるであろう。
音読すると、なんと美しい響きだろうか・・・。
しかし梅にも素晴らしい言葉がある、
『塩梅』だ、これは「あんばい」と読む。
これは料理の味加減、物事の具合・調子、健康状態などを現す万能な言葉だ。
田舎のおばあちゃんがよく使っていたので、今でも使ってしまうのだが、
今ではマイナーなのかな・・・。
写真展を見てみる、晴れていれば富士がこんなによく見えるのだ。
鳥居があるので、もちろん社もある。
この時期だけ、この社の周りは多くの人で溢れかえる。
下久保・防田の氏神・八幡社。
うめの里食堂も多くの人で賑わっている。
梅のシーズン外はどうしているのだろうかと素朴な疑問。
おそらくは、海の家的にオフシーズンは閉まっているのだろう。
梅の入ったメニューが並ぶ、お店の隣ではお餅が売られており列をつくっていた。
梅の香うどん、梅ちくわ、梅ごはん・・・。
そしてお餅はからみもち、きなこもち、あんこもち、それぞれ200円だ。
ここから上へ行くと見晴台がある、ここからの眺めは素晴らしいのだが、体力が削られるという・・・。
中河原梅林は下曽我駅を挟み反対側にある、近くには瑞雲寺があるのでおススメだ。
撮影スポットの紹介だ、富士山としだれ梅群の2つだ。
土手の上を少し歩き、梅を上から見下ろしてみる。
梅は枝から生えているので、木の本体のほうが目立つ、
桜はその反対でわさーと花が咲いており賑やかだ、
しかしどちらが良い、悪いの話ではない。
『みんな違ってみんないい』(金子みすゞ)の世界だ。
うっすらと富士山が見えている!!
拡大しよう!
見えないよりはいい!
そして13時30分から寿獅子舞が始まる。
本日は2回ほど上演するのだ。
ちなみに、2月11日には流鏑馬が行われたという。
曽我の獅子舞は一人で操る一人立ちだ。
江戸時代から行われていたが戦時中に途絶えてしまった・・・・・・・・。
やはり戦争は絶対にしてはならない。
しかし、昭和22年、曽我の男たちは立ち上がる。(プロジェクトX風)
伝統は残したい、誰もが思うだろう。
しかしそのために行動する人は多くはない。
小田原市には、
小田原民俗芸能保存協会があり、伝統芸能の保存、次世代への継承を行なっている。
小田原囃子
小田原ちょうちん踊り
栢山田植歌
下中座相模人形芝居
などがある。
そして、もちろん寿獅子舞もそうだ。
舞台では、獅子が手毬で遊び疲れて寝てしまう。
(かわいいな~。)
そこに、ひょっとこと笑い面の2人が通りかかる。
仁羽の2人は獅子を捕まえようと思案する。
もうオチは想像できるだろう。
続きはユーチューブで!(笑)
結局、獅子が起きてしまい、仁羽は追いかけられて逃げまどう。
曽我別所寿獅子舞保存会の皆様でした。
この後は、獅子噛みが行われる、子ども限定だとよ。
こうして、大人は会場を後にしたのだった。
帰る頃に青空が見えてきた。
梅は控えめだ、小さい画像だと梅が見えず、木々しか見えないという。
だが、そんなおしとやかな梅がみな好きなのだろう。
御殿場線がコトコトと走っていく、
かつてこの線が東京と名古屋をつなぐ大動脈の一線だったのだ。
もう春はそこまで来ている。
それを感じさせる曽我梅まつりであった。
梅干しは好きではない、梅酒はそこそこ好きだ、梅まつりは好きだ。
このバランスが良い塩梅だ。
看板にあるように曽我には35.000本の梅の木がある、
これは多いのだろうかと考えてしまうが、
円に置き換えるとこんなものか、35,000円。
KitのブログPV数と考えると多いぞ!35,000PV!!!
と思ってしまう。
向こうの景色を見ると、さらに山の端がくっきりと見えるようになってきた。
すこし後ろ髪を引かれる気分だが、この時間でひくのがよい塩梅だ。
(まだいうか。)
春の樹木では、
『梅・桃・桜』が代表格だろう。
(ウメ・モモ・サクラ という響きがいいよね!)
次に来るのはモモだが、モモの名所はどこだろうと知識を持たないことに気づく、
山梨?
今月末は、吉野の桜だ、おそらくは2部咲きか?!
咲こうとするその刹那を愛でようではないか。
モモはどうしよう?
曽我梅まつりに行こう! 完