では、「四寺回廊」の旅、2日目・2部スタート。
1部は、山形山寺の立石寺を参拝。
2部は、奥州・平泉に行き、毛越寺・中尊寺を周り、 横浜に戻る日だ。
仙台駅には、10:53に到着した。
仙台ロフトの存在感がスゴイ、一棟がロフト??
まさかな、そんなことはないよな・・。
次の列車まで時間があるので、エキナカでお土産を探す、
やはり仙台のお土産といえば、「伊達絵巻」!!
「違う、違う!!」
「萩の月」である。
どこにもありそうで、どこにもない、類似品はあるが、それではない。
これが本物、そして原点! 萩の月である。
この菓子は、東京などの県外には、あまり流出しない、
三全の考えであろう、それがこの萩の月の価値を高めているのだ、
かもめのたまご、柏屋の薄皮まんじゅうは見習うべきだな。
もちろん、購入だ。
萩の調も買いたかったのだが、残念ながら、期間限定であったのだろう、
今は売っていない。
これから乗車する新幹線が仙台駅に入線する。
「旧型の車両か・・、」すこしがっかり。
と思いきや、通常の車両であった!!
なんで連結しているのか、よくわかっていないのだが・・・、
それに、これはE5型というやつなのだろうか、中途半端な鉄道知識に反省だ。
東北新幹線・やまびこ号に乗車。
仙台駅発:10:36 ⇒ 一ノ関着:12:10
一ノ関駅は曇天模様であった、雨よりはましとポジティブに考えよう。
「行山流舞川鹿子躍」であろうか、
みちのくの民俗芸能いいね、今度行ってみるかな・・。
車内は思ったほど人はいなかった。
一ノ関発:12:28 ⇒ 平泉着12:35
ゴールドレンタ平泉。
ゴールドレンタ平泉でレンタルサイクル借りる、
徒歩・バス・自転車・自動車・タクシーと選択肢があるが、
最も時間の無駄がない自転車を選択、観光時間が潤沢にあればよかったのだが、
最低の時間しか私にはない。
現時刻は12:50、
平泉駅には16:00には戻らないといけない、約3時間の観光である。
一般的な平泉観光では、半日から1日とされている、
ポイントを絞り、迅速に周れば、主要観光先は3時間で周れると証明をしよう!!
レンタサイクルのおじさんから驚愕の事実を聴く!!
義経堂から中尊寺へのルートは、方向は同じであり、途中の踏切を渡ることにより、
しかし、現在踏切工事をしており、通行不可、
義経堂⇒駅の戻り⇒中尊寺という、「行って来い」を2つ繰り返すのだ・・。
それらを踏まえ、本日のルートはこのようにした、
①毛越寺
②義経堂
③無量光院
④中尊寺
上記ルートの理由としては、
もっとも時間が読めないのは、中尊寺である、
観光客が集中するのは中尊寺であり、バス旅行でも毛越寺は行かなくても、中尊寺に行くことが多いのだ。
待ち時間、人が多く思うように歩けない、歩行距離が長い、
そして御朱印所の並びなど容易に想像ができる。
今回の旅の宿願は、「四寺回廊」の全寺達成である、
まずは難易度の低い毛越寺で「印」をもらい、
中尊寺にて最後の印をもらうことが最も理になかっている、
なんせ、中尊寺には御朱印が13つあり、時間によっては諦める選択をしなくてはならないからだ。
では出発!!
まずは、毛越寺に向けて自転車を走らす。
毛越寺は平泉駅の正面にあると思っていい、そのまま自転車で直進していく、
700m先には毛越寺が見えてくる。
自転車であれば、5分もかからない。
拝観受付前の広場に駐輪場があり、とてもわかりやすい。
ここは全く迷うことはないだろう。
拝観受付を出ると、目の前に御朱印所がある、
ここから3km先の中尊寺に行けば、全寺制覇となる。
「最終到達点が見えた!」
山門を抜けると、右に御朱印所があり、正面には本堂が見える。
手水舎には紅葉が落ちており、風情を感じる。
紅葉も真っ盛りである。
毛越寺は浄土庭園の大池が多くを占める。
その池を周遊しながら、紅葉を楽しむことになる。
本堂参拝と御朱印だけなら、10分から15分で事足りるだろう。
毛越寺は、慈覚大師円仁が開山をして、藤平2代基衡の時に隆盛を極めた、
当時は中尊寺をもしのぐほどの規模であったという。
思いを馳せよう。
こちらが本堂となる。
本尊は、薬師如来である。
人は多くても、広大な敷地の為、混雑しているという印象は無い。
南大門跡、
ここが正面となるのだろう。
大泉が池は時計回りで周遊する。
すこしばかり歩くと、開山堂に着く。
その先には、嘉祥寺跡。
すぐに、講堂跡。
またまたすぐ、金堂円隆寺跡。
またまたまた、すぐ遣水。
遣水の向こうには、常行堂が見える。
こちらは正面から見た常行堂。
地蔵菩薩、
おだやかな顔をしておられた。
曲水の宴、
庭園の遣水に盃を浮かべ、流れにあわせて和歌を詠む、
風流な遊びだ。
綺麗なオレンジだ、
ししゃもっこ軍艦が食べたくなる。
池に突き出た州浜。
「ひじ」とも呼び、中洲などのことであるが、「洲」はいいものだ。
これで一周した、出口には御朱印所があるので、2つの御朱印帳を受け取る。
これから、義経堂に向かう。
一旦来た道を戻る。
自転車を走らせていると、無量光院が見える、
寂しげな光景だ、今は先へ急ごう。
看板が見えたので右折して上がっていく。
高館義経堂に到着。
義経の最期の地とされている高館、
階段を上がると分岐がある、まずは義経堂に行こう。
高館からの展望図がある。
もう少し小高い場所に義経堂がある。
源義経は頼朝に追われ、藤原秀衡を頼り、この平泉に逃げてきた、
義経は4代泰衡に襲われ、この地で自害した。
そして義経を偲んで、仙台藩主・4代伊達綱村が義経堂を建てた。
「判官贔屓」はんかんびいき の語源でもある。
北上川が穏やかに流れる、寂しげな景色に見える。
義経堂とは反対側に歌碑がある。
高館に立ち、風に揺れる夏草を見て、そして藤原三代の栄華、義経の悲劇の物語を
思う浮かべ、この俳句を詠む。
夏草や 兵共が 夢の跡
この俳句に平泉のすべてが集約されると思う、芭蕉が見た景色とは異なるが場所は同じである、「栄枯盛衰」これはすべての事に当てはまる。
芭蕉の歌碑に後ろにあった石像群。
所要時間は10分ほどであった。
この名所は拍子抜けするほど簡素なものである、
しかしながら、平泉観光には外せない場所であると思う、平泉の歴史そして悲哀、
これなくして平泉観光は語れない。
受付で御朱印を受け取り、最終目的地へ向かう。
この電動自転車だが、小さいため、とても漕ぎずらい、確かに楽な面もあるのだが、サイズに合わない自転車はやはり疲れる、
平泉観光は大変な坂はないので、通常の自転車で問題はない。
※イメージ:三輪車に乗っている感じ・・。
無量光院跡である、
観光客は1人もいない、寂しい場所となっている、
しかも工事で使うような三角ポールで仕切られている。
隣には本格的な案内図があるのだが、わざわざ降りて見るほどのものではなかった、
無量光院は横目で見ていくぐらいが丁度良い。
本来は近くの踏切から中尊寺への道にアクセスできるのだが、一旦駅近くまで戻らなくてはならない。
東北本線横を走る、少しゆるやかな坂である。
車が渋滞しだしていた、もう中尊寺近くだろう。
いま、右側の歩道を走っているが、左側を走るべきである、中尊寺は左折することなり、また駐輪場も見つけやすい。
駐輪場から来た道を見る、
300号線・奥州街道の郵便局がある脇道を入る。
郵便局が見えてくるので、奥州街道から離れ、脇道に入っていく、
しばらくすると駐輪場に到着だ。
そして最後にして、最も難関な中尊寺に到着する。
13時58分、 中尊寺の入口である、
もう人しかいない!!
この坂が結構堪えてくる、しかし時間がないので、大人数を追い抜いていく。
月見坂、名前は風流であるが、過酷な道だ。
14:02、4分ほどで、最初の名所である「弁慶堂」に到着。
そして第1の御朱印所でもある。
弁慶堂に参拝してから、隣売店で御朱印をお願いする。
こちらは直筆となる、とてもうれしいのだが、1人で書いているのでかなりの待ちが発生する。
これではすべての御朱印はもらえないと考えていたが、
ここが最も時間がかかる場所であった。
ポストイットに自分の名前を書き、御朱印帳と一緒に渡す、そのような方式をとっていた、はじめてのパターンだ。
弁慶堂は少し高台にあり、崖下の景色も素晴らしい。
①弁慶堂の御朱印
9分ほど待ち、御朱印を頂く。
待ち時間に焦りを感じる・・、気持ちに余裕がないな・・・、反省だ。
ここは月見坂のまだ半分だ。
14時14分、次の名所・地蔵堂に到着。
地蔵堂では、2つの御朱印を頂くことができる。
地蔵堂の斜め前には薬師堂がある、
こちらでは御朱印を頂くことができるのであるが、閉まっている確率が高いと他所のブログなどで書かれていた、残念ながら本日も開いていなかった。
14時16分、中尊寺本堂に到着。
ここも人だかりだ。
では入ろう。
本堂内に入れるので、靴を脱いで中に入る。
絵になる樹木が中央にある。
本堂前で存在感を示すアカマツ。
そして、「四寺回廊」最後の御朱印を頂く!!
瑞巌寺、立石寺、毛越寺として、中尊寺、これで4つの印を頂いた。
「四寺回廊」達成である!!!
最期は意外とあっけないフィナーレであった。
11月3日 松島・瑞巌寺
11月4日 山寺・立石寺
11月4日 平泉・毛越寺
11月4日 平泉・中尊寺
みちのく四大名刹、達成。
そして、四寺達成記念の色紙を頂く。
中尊寺の「尊」である。
今回の目的を終えた。
しかし、まだまだ旅は続く、御朱印巡りの再開である。
中尊寺本堂の向かいにある不動堂である。
ここは参拝のみ、御朱印はない。
峯薬師堂。
中尊寺本堂横にある、不動堂の向かいでもある。
「目」ののぼり旗が目を引く。
こちらで御朱印をもらう、ここは書置きとなる。
道を挟み奥に、不動堂が見える。
こちらは「目」の御守で知られている、全国でも珍しいというが。
大日堂。
峯薬師堂の隣である、こちらでは御朱印を書いて頂ける。
⑥大日堂の御朱印。
大日堂から少し進むと、阿弥陀堂がある。
讃衡蔵を横目に進み、少し先にある。
阿弥陀堂の参道の向こうには、讃衡蔵が見える。
讃衡蔵にて、金色堂拝観券を買う、窓口に行こう!
讃衡蔵。
藤原4代共通の「衡」がついている、藤原4代を讃える蔵ということだ。
ここには3,000点以上の国宝と重要文化財が展示されている。
中はもちろん撮影禁止であるが、見ごたえがある、
しかしじっくりと見ている時間がないのが残念だ・・・。
⑧讃衡蔵の御朱印。
入口で御朱印帳を渡し、館内を見学する、出口で先ほど渡した御朱印帳を頂くという
流れだ。
そして
「金色堂」に行く。
平泉に来て、ここに行かずしてどこにいくのか、というほどの場所である。
ここが金色堂の拝観券口となる。
教科書・ガイドブックで何度も見た光景だ、内部の撮影はできないため、
ほとんどの本にはこの構図となっている。
「では、行こう!!」
金色堂の建物に入ると、入口近くに受付があるので、そちらでお願いをする。
ガラス張りの中に金色堂が輝いている、
場内は暗く、金色が輝く、そしてガイダンスが流れており、人で溢れていた。
藤原清衡の極楽浄土の世界というべきか、
阿弥陀如来を中心の仏像が配置されており、螺細細工や、象牙や宝石をつかった装飾に
目を奪われる、学生の時分であれば流し見だろうな・・と思いながら、しげしげと見させてもらった。
ここから藤原氏の繁栄・隆盛に思いを馳せることができる。
「五月雨の 降り残してや 光堂」
中尊寺内にある神社である、白山神社に行く!!
ここは御朱印を直接書いてもらえます。
ここには能楽殿がある。
こちらの拝殿で参拝。
重厚で大きい能楽殿である。
ここが最後の御朱印場となる・・、はずだった。
堂の周りは池で囲まれており、なかなかの佇まいだ。
弁財天堂。
御朱印を頂きにいくが、売り切れた との事だった!!
これまで御朱印が無くなったという経験がないので、面を食らうがこれだけ人が多ければ、無くなることもあるだろう。
ここでは2つの御朱印を頂くことができるはずだった。
弁天堂と経蔵の2種類の御朱印である。
未練がましく、写真を撮る・・・・・・・。
15時35分、まだ少しだけ余裕があるのだが、不測の事態に備え、早めに平泉駅に向かおう。
今回の旅では、10つの御朱印を頂いた。
薬師堂、弁天堂、経蔵の3つは次回に持ち越しとなった・・、
さていつになることやら・・・と思いながら、駐輪場に降りていく。
東北本線に貨物列車が走っていく。
15時38分、出口に到着。
駐輪場の道を挟み、隣には弁慶の墓があったのでお参りをする。
帰りの坂を上っていく、こう見ると結構な坂に見えるが、実際にはそれほどではない。
もうすぐで駅に到着だ、あとひと踏ん張り。
自転車を返却して、15時50分に平泉駅に到着する。
どうですか、
世界遺産の駅ですよ、これが!!
とても高級そうな造りだ。
駅前に国宝がなにげなくあった、これはレプリカ??
四寺回廊のポスターが貼ってある。
一ノ関行の列車は約6分ほど遅れていた、
新幹線の乗り継ぎには20分強の時間があるのだが、少しだけ不安だ。
いい感じに日が暮れたきた、
新幹線に乗るころには、真っ暗だな。
新幹線に乗ってしまえば、2時間もかからず東京だ、平泉も日帰りで観光できる範囲なんだな・・・。
平泉の滞在時間は3時間であったが、
平泉を堪能することはできた、
さらに深みをつけるためには、プラス2時間といったところかな・・・。
四寺回廊の旅、
それだけであれば、1泊2日で何も考えずに周ることができる、
それらに周辺の観光をブレンドする場合、ある程度の計画が必要となる、
それが公共交通機関を使うなら、なおさらだ。
地方観光の難しさを楽しみ、それなりに楽しめる旅であった、
今回の四寺回廊の旅。
次はどんな旅が待っているのか?
四寺回廊に行こう! 完